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最近図書館を利用したことがありますか。何十年も前、受験生のときに利用しただけでそれっきりという人は、図書館の変貌ぶりに驚くに違いない。咳ひとつはばかれるような静かな館内、本の匂いが醸し出す重苦しい雰囲気、カードを繰って図書を探す面倒な手間など、図書館のイメージには暗いイメージしかなかったが、今、様変わりである。館内は明るく開放的で、図書を探すのもパソコンで簡単に見つけることができる。ライブラリアン(司書)の方が笑顔で迎えてくれる、そんなことが多くなったように思うのは気のせいか。
ライブラリー・オブ・ザ・イヤー(NPO法人知的資源イニシアティブが2006年から年ごとに実施)という図書館を対象にした賞がある。そこで大賞に選ばれた図書館の選定理由を見ていくと、近年の図書館の変化の傾向が表れているように思われる。データベースの活用や蔵書の横断検索、デジタル・アーカイブの作成など図書館サービスのデジタル化の動き、街づくり、地域活性化の拠点としての図書館サービスの展開など、図書館がたんなる本を貸し出すところではなくなっていることがよく分かる。
複合施設の武蔵野プレイス
そうした変化の先端を走っている図書館として話題を集めている武蔵野プレイスを訪ねて、いろいろとお話を伺った。武蔵野プレイスは2011年7月に開館した武蔵野市立の公共施設である。JR武蔵境駅前の一等地にある。西荻窪地域を本拠地としている『西荻春秋』としては対象地域から少し外れるのでは、という声も聞かれそうだが、武蔵野市は杉並区の隣、松庵舎とは路一本を隔てただけなので、今回はほんのちょっとお隣にお出かけという感じで訪問することにした。
武蔵野プレイス館長の斉藤愛嗣さんに説明して頂いた。「武蔵野プレイスは図書館ですかとよく聞かれるのですが、図書館だけでなく生涯学習支援、青少年活動支援、市民活動支援の4つの機能が融合された複合施設だと返事しています。」と最初に話された。つまり図書館を核にして他の3つの支援サービスが一緒になった施設というわけだ。
館長の斉藤愛嗣さん
様々な「市民活動」や「アクション」に触れることができる複合施設
武蔵野プレイスのホームページから引用すると、
人々が日常生活において、自主・自発的に読書や学習を継続できる機会や、身近で行われている様々な「市民活動」や「アクション」に気軽に触れることができる場が重要です。武蔵野プレイスは、この“気づき”から始まる「アクション」の連鎖が起こり得る「機会」と「場」を提供し、支援していくことをめざしています。
とある。利用者が他の活動に気づいてそれに参加し、新たな活動を始めていくという連鎖が起きる、あるいはそのための機会を提供する場所だという。武蔵野プレイスは、単に異なるサービス、機能を同一の建物内に設けただけの施設ではなく、そうした機能が融合していくことを主な狙いにした複合施設であるという。
透明性を高めたデザイン、日本建築学会賞受賞
館内のデザインも壁がなく、ガラス張りの部屋が並んで開放的だ。「会議室、スタディコーナーなど皆オープンにし、それぞれの活動が外からすべて見えるようにしてある。図書館のある2階と地下1階を除いて、同一のフロアに異なるサービスのエリアを置くようにしています。気づきを促すように廊下もなくし、分け隔てをなくした透明性を高めた設計になっています」。3階には市民活動エリアと生涯学習支援のスタディコーナーがあり、1階にはマガジンラウンジとギャラリ―、カフェ・総合カウンターが、そして地下2階にはアート&ティーンズライブラリーと青少年活動支援のスタジオラウンジ、オープンスタジオという具合に違った機能(サービス)のエリアが同一フロアの設置されている。
レストラン&カフェコーナーとメニュー
透明性を高める仕掛けとしてもう一つ斉藤さんが強調されたのは、「フロアをつなぐ回遊(らせん)階段が2か所に置いてあります。4階と3階をつなぐところと、地下1階と同2階をむすぶところです。普通ですと階段はフロアの隅にあったりしますし、エレベーターで目的階にスッと行ってしまったりしますと、なかなかほかの活動に眼が行きにくいですね。回遊階段はできる限りそういうことがないようにしてほしい、という狙いから設けたものです」。斉藤さんはブラウジング(ぶらぶら見て歩くこと)という難しい言葉を使われたが、「言い換えますとね、館内を回遊していただくことで“気づき”のきっかけにして欲しいし、ある一つの目的で来館されても他の機能、サービスに気づいて利用していただきたいということです」。
こうしたデザインが評価されて武蔵野プレイスは、2016年日本建築学会賞(作品)を受賞している。選定理由に、「4つの機能は、いったん数十個のルームに割り振られ、吹き抜け空間とともに立体的に組み上げられている。ルームのつながりを重視し、廊下を排除することで人々の活動が自然に混じり合い新たな発見とアクティビティの創出を目論んだものであるが、見事に成功しており、本作品の最大の魅力となっている。」とある。
透明性を高めるためガラス張りにしたスタディコーナーとレンタル会議室
――実際に利用者が“気づき”によって他のアクションにつながっていったという例を紹介して頂けますか?
「具体的にと言われると、なかなかお答えするのは難しいのですが…、三階に貼ってあるポスターやチラシなどは市民活動団体のものに限定しています。『あ、こういうことをやっているんだ』と、様々な活動に気づいてほしいわけです。イベント参加者にアンケートで、『このイベントを何で知りましたか』と聞くと、『館内の掲示で知った』という回答が数多く、図書を借りに来て館内でいろんな行事をやっているんだなと知る(気づく)人が大勢いらっしゃることは間違いなく言えると思います。」
300を超す市民活動登録団体
――市民活動団体にはどのようなものがありますか?
「いま300を超える団体が登録しています。趣味や教養、福祉のグループ、社会活動の団体など幅広くあります。例えばペットロスを乗り越えるための活動をしている団体、視覚障害のある方に絵画を楽しんでもらうための活動をしているグループ、空き家対策の活動をしている集まりなど、本当にいろいろあります」。館内に置かれている「登録団体一覧」を分野別に見ると、多いのは福祉関係、社会教育、学術・文化・芸術関連などが目立っている。館内でのこれらの市民団体が企画するセミナーなどのイベント(事業)も盛んだ。
――セミナーの内容などについて何か制限はありますか?
「基本的に公共施設なので政治、宗教、営利活動はだめです。それ以外であれば使用目的は制限しません。3階に有料の貸し出しスペースとして5つ会議室があるほか、少人数でミーティングができる無料のスペースがあります。4階に講座・講演などに利用できる最大150人収容のフォーラムもあります。」平成29年度に市民団体が企画した事業には、「認知症になっても怖くない!iPadを使って外に出よう!」「日常に潜む性の搾取から子どもと若者を守るには」などが開かれたほか、市民活動支援事業として啓発事業なども行われている。
市民活動フロアーと資料
大学生とともに授業を履修、自由大学
――生涯学習支援サービスですが、主な対象になるのはリタイアした高齢者ですか?
「いや、リタイアした人だけでなく全世代が対象となります。若い人たちには学校以外の教育と考えてほしい。実態としては集まる人の多くが40代以上の人ということになりますが、土・日に関連の行事を開くと20代、30代の人たちも参加します」。やはり同年度の事業の主なものをみると、小・中学生向け事業で「読む|聴く|伝える|ことば探検隊」が全4回で開かれたほか、子育て中の方を対象に「アンガーマネジメント講座」、勤労者向けにはキャリア養成講座「大人の学び場」(全5回)、高齢者向けには「いきいきセミナー」(前・後期各13回)などが開かれている。各世代に向けていろいろな講座が開かれていることが分かる。
このほか特筆すべきことは、武蔵野地域にある5大学と連携した事業があることだ。5大学は東京女子大学、日本獣医生命科学大学、亜細亜大学、成蹊大学、武蔵野大学。その事業の一つが、武蔵野地域自由大学である。自由大学は、4大学(東京女子大学を除く)のキャンパスで現役の大学生と一緒に正規科目の履修ができる仮想大学である。正規科目の履修には、同年度に301名もの市民が参加している。またもう一つが、武蔵野地域五大学共同講演会・共同教養講座。これは各大学の協力を得て、市民を対象にひらかれる講座である。連続6回の共同講演会や20回連続の共同教養講座が開催される。
――履修して単位をとると、何か資格が取れるような仕組みになっているのですか?
「そこまではやっていないのですが、正規科目を履修すると単位でなく1ポイントが付与されます。これだけでなく他の講座・講演会でもポイントが付きますが、これが20ポイントになると市民学士、30ポイントになると市民修士というように武蔵野地域自由大学独自の称号記を授与しています。生涯学習への意欲を持っていただくためです。さらに、われわれの願いを言わせてもらえば、この自由大学の卒業生が同期会として市民登録団体になれるのですが、登録団体として他の活動につながって行ってほしいな、という思いがありますが」。
青少年の「居場所」に
――青少年活動支援にあるスタジオラウンジというのはどういう機能を持つのですか?
「青少年の情報交換の場として設けたオープンスペースです。いくつかあるスタジオのうち一番大きなものですが、友達同士で話してもよいし、飲食もできますし、読書してもいいです。ルールはほとんどありません。何をしてもよいスペースです。このほか楽器練習のできるサウンドスタジオ、ダンスや演劇練習のできるパフォーマンススタジオ、身体が動かしたくなれば、オープンスタジオに行って卓球やボルダリングが楽しめます。それから簡単な調理・工芸ができるクラフトスタジオもあります。」スタジオはいずれも地下2階にある。パンフレットには「青少年の『居場所』として、様々な交流や活動、情報交換を支援し、青少年の社会生活の充実を図ることを目的としたフロアです」と説明されている。
――青少年たちは夜10時まで居られるのですか?
「はい、居ることができます。ただ小学生は5時で帰ってもらうようにして、その時刻になるとアナウンスも流しています。当初、不良のたまり場になるのではないかという心配もありましたが、そのようなこともなかったですね」。
武蔵野プレイスの1階にはカフェがある。ここでは食事ができるしアルコールもサービスされている。食事をしながら歓談するもよし、お酒をのみながら本を読むこともできる。ビールが620円、コーヒーが380円、オムライスプレートが1090円といった値段。開館時間は夜10時までなので、会社帰りにここで食事を済ませてしまう人もいるだろう。最後に武蔵野プレイス像を数字からとらえてみよう。
年間200万人に迫る来館者
――武蔵野プレイスの来館者数はどれくらいですか?
「年間約195万人、1日平均6353人になる。多い日にはこれが1万人に達することもあります」。近隣の市区に比べると断トツの人数である。「来館者の年齢別構成は、10歳代が36.6%で一番多く、20歳代と60歳代が10%を切るほかは各世代とも10%台となっています。全世代に利用されているうえに、図書館以外の利用が多いこともうれしいですね。利用場所は青少年活動向けが10%を超えています。もちろん一番利用が多いのは図書館でして、来館者のほぼ6割が3フロアにわかれた図書館のいずれかを利用しています」。館長の話は続く。「武蔵野市には図書館が3館あって、武蔵野中央図書館と吉祥寺図書館、そして武蔵野プレイスになります。3館合わせた武蔵野市全体での住民一人当たりの貸出冊数は17.2冊(年間)です。おそらく都内では一番多いのではないか、全国平均が約5冊ですから凄い数字です」。
多くの青少年に利用され、図書館も利用されていることも分かったが、そこで気になったのは、若い人がどのような本を読んでいるのか、ということである。若い人が本を読まなくなっていることは、以前から知っていたわけなので。武蔵野プレイスだけを取り出して、どんな本が貸し出されているかは分からないが、武蔵野図書館全体の貸し出しベスト(5月―7月)を、図書館のホームページで見ることはできる。YA(ヤングアダルト)に人気のある本は、〈文学一般・日本文学〉のトップ5はいずれもエンタメ系の本ばかり。いまさら鴎外・漱石とはいわないがいわゆる純文学系はなし。〈外国文学〉では『夜と霧』『アンネの日記』『老人と海』の3冊だけが表示されて以下はなし。〈歴史・伝記・地理・旅行〉にいたっては「該当データが見つかりませんでした」と出力された。
若い人の読書調査によれば、小中高校生の読書時間調査(全国学校図書館協議会と毎日新聞社調べ)で、1か月に1冊も読まないと答えた高校生は55.8%にも及び、小学生で8.1%、中学生で15.3%だった。せっかくの子供のときの読書の習慣が身についていないことが分かる。大学生(全国大学生協連合会の調べ)は、一日平均の読書時間は23.6分、0分がなんと半分を超える53.1%もある。前に大学生から「アルバイトに追われ本を読む時間がありません」、と聞いたことがある。学費を稼ぐためにアルバイトをする苦学生なのかなと思ったが、大半の学生はスキーや旅行に行く費用を手にするためだと知って呆れたことがある。学生よ、もっと本を読もう。マララさんのスピーチではないが、1冊の本があなたの人生を変えることがあるかもしれないのだから。
芝生は緑が
――ところで正面入口前にある広場ですが、季節になると緑の広場になるのですか?
「いえ、なりません。写真にもあるように昔は緑の広場だったのですが、大勢の人に踏まれてはげてしまって、あのような状態になってしまいました。何度か緑にしようとしたのですが、もう養生はあきらめて止めました。養生するためには広場を囲って入れないようにするのですが、そうすると入れないと苦情が来ますし、放っておけばなぜ芝を植えないと言って苦情が来ます。正直いって、いまは何もしないことにしました」。取材終わって帰り道、広場を通りながら、やはりここが緑だと、ここに座って本を読んだり話をしたりできて気持ちがいいのだけれど、と残念に思った。
映画『ニューヨーク公共図書館』をみる
後日、映画『ニューヨーク公共図書館』を観た。今、進化していく図書館をみせられた。公共図書館がこんなことまでやっているのかと驚くばかりであった。上映時間が3時間25分にもなる映画で、図書館の舞台裏で何が行われているのか、長時間も気にならず興味深く見ることができた。この図書館の運営資金のおよそ半分が民間の寄付で賄われていることを知って、日米における、異なる図書館の歴史、伝統、役割、その差を生む社会の違いを考えさせられた。しかし、「青少年をいかに図書館に引きよせるか」「ベストセラーか学術書、推薦図書かの蔵書収集の基準」「デジタル化をめぐる問題」など、この公共図書館のスタッフが議論する個々の問題は、どちらにも共通しているなと思ったりもした。印象に残った言葉を一つだけ紹介すると、「図書館は本の置き場ではない。図書館は人」。人が活躍するからこそ進化が生まれる。この映画はお勧めです。まだ見ていない方は是非、ご覧ください。
文:鈴木英明 写真:澤田末吉+奧村森
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